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自然農ガットポンポコ

作っては壊しては、作り直す

2016年05月09日 カテゴリ:自然農

先月の田んぼ仕事で、溝を掘る掘る掘るしていたら腰をやってしまった。あまりに痛くて、その場に寝転がるしかない。しばらくしたら動けるようにはなったけど、次の日からはもう無理。これが噂のぎっくり腰なのだろうかと呆然とする。しかしこれをいい機会と捉えて、体質改善をすべく野口晴哉に学んで活元運動を日課とし、外路系を鍛えることにする。又多くの人に相談すると、「腰を落として、太股と下腹に力を入れて」と声を同じくした助言をいただいた。えっ?そうなの?みんなの常識?とにかく丹田に力を集め、背中を曲げないようにしての作業を心がけている。そのおかげか、痛みはあってもなんとか農作業を続けられる。一番面白かったのは集落の祭りの若い衆で飲んだとき、按摩が上手な者、腹式呼吸を心がけている者が多数いたこと。なんで?素晴らしき友よ。


背骨で呼吸をするようなつもりでやる
野口 晴哉 「整体入門」

季節を教えてくれる植物

ふと振り向けば藤に花が咲いていた。藤の花が咲いたら、遅霜がもう来ないと聞いた。近所の爺ちゃんは、春の蛸が岸に寄ってくる合図だと教えてくれた。こ、この忙しいのにタコスカシか。そういう話を聞いて改めてじっと見つめると、藤の花ってトキワハゼに似ている。

農作業歴を教えてくれる植物。桃の開花は明け方の最低気温が五度になったことを知らせてくれるので、そろそろ南瓜の種を蒔く。山桜の開花はお米の種まきの合図。ササゲは柿の若葉で二粒包めるようになった頃に種を蒔く。

つまり山野で次々と若葉や花が色づく頃、私は稲やウリ類、ササゲの種下ろし、育苗していたナス科の野菜や里芋の定植などで大忙し。春、いきなり忙しくなることをこの辺りで「はるだし」というが、はるだしに怪我は付きものともいう。私もまだ怪我のない年はない。昨年に比べて段取りは良くなったと思っているが、腰は、まだまだだった。

昨年、一昨年は、この頃に夏野菜の苗を販売させていただいた。しかし年間の栽培歴を見直した結果、田んぼを見事にやり抜くには、これできんわということになり、今年は苗の販売ありません。ごめんなさい。大忙しのこの時期、育苗に時間を掛け過ぎると、六月の田植えにまで作業がズレ込んでいって大変なことになったのが去年。今年は、今の私がすべての苗に目を通せるだけの数。一株ごとの違いが、よく分かる。

作っては壊しては、作り直す

腰を壊したときは、田んぼに200メートル以上掘った溝の、位置を変える作業をしていた。作業性を優先して長辺に沿った東西の溝を切ってあったのだけど、谷筋から浸み込んでくる水が多く、今までの溝の切り方だと水が滞ってしまうことが分かったからだ。水稲は沼地で始まったんだろうから、水が溜まるような田んぼは良い田んぼだろうと思っていた。だけど自然農のような浅水管理の場合、稲の根に必要な酸素を送るためには、水が地下を「流れている」ことが必要なんじゃないだろうか。畝ごとの状態を見比べ続けて、そういう推論を得た。しょうがない、作り直すか。

こういう、大変な思いをして時間と労力をかけて作ったものを、作り直さなくてはいけないときの、後ろめたさ。「また、あんな思いをするのか」。「何故もっと考えて作らなかったのか」。「何やってたんだ」。そんなことにならないように、できるだけ小さな試作を積み重ねて、大きな失敗をしないようにする。又、作ってしまったものは、できるだけ改良によって理想の形に近づける。しかしそれでも思惑と結果が違っていたら、作り直さないといけないこともある。そんなとき、つらい。がっくりくる。

なんてバカな私と落ち込んでいたとき、「つくる。生活」のあの文章が胸に浮かんで来た。


ちょうどいい感じにするために、何度もつくり直した。
こばやし ゆう「つくる。生活」

そうだよね!

「私だけ作り直しててバカみたい」なんて思ってたけど、救われた。

作り直せばいいんだ。作ったものを壊しても、過去の自分は否定しない。実験の過程と結果を得て、未来を作り直すんだ。

作っては壊しては、作り直す。これものづくりの真髄だな。だからといって腰を壊す必要はないけど。

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畑だより
「自然農」のお便り