自然と共生する農法と暮らし「里山」

生まれた町には、海も山もなかった。加賀平野のど真ん中にある集落から一歩外に出ると、地平線まで見渡す限り田んぼが広がり、畑や川が間をぬって、遠くそびえ立つ白山の山脈と割と近くにあるテレビ塔だけが景色の中から飛び出ていた。新聞が読めるくらいの年齢になると、里山という言葉で表現されるなにかを知った。身近に山のない私にとって、さらに里がくっついた里山というものが、まったく理解できなかった。田園の中に突如現れる小高い古墳のような古森を想像させ、屋敷林ともちがう、なにか得体のしれないものとして、とても印象に残った。

中学生になって母親の畑を手伝いながら、自分はこのような耕された土の上に立って生きていくんだろうなという、なにか確信のようなものを感じていたのだけど、高校を卒業すると若者が自然にそうするように、変化と可能性を求めて都会の大学に進学した。大学での勉強は退屈だったけど、帰国子女の多い大学だったからだろうか、出会った何人かの友人から環境問題ということを教わったことは幸運だったように思う。現代の生活がいかに多くのゴミを生み出しているのか、それがどんなに問題を引き起こしているのか、知れば知るほど、この問題のある社会を変えるには自分だけの力では何にもできないのだと思うようになっていった。そして気づいたのが、自分が出来ることを実行する、ということをひとりひとりみんながやれば、これ解決するんだということ。

だから、少なくとも私は、環境負荷の少ない暮らしをすることにした。都会ではしかし、どうしても納得のいく暮らしが出来なかったので、農山漁村に活動の場を移した。あこがれの里山が普通にある場所。田畑の上に立つという確信を実行に移すとき。

私という存在は何によってできているのか。

人間は自然に生かされて存在している。

人間は人に生かされて存在している。

そのことを当たり前として生きていける、半島の先端という島っぽい場所にある集落で、パーマカルチャー 自然と共生する農山漁村の暮らしを再発明している。

自然に応じ、自然を生かし、自然に生かされる農のあり方

#自然農

藁と木と土と砂と石とで作る家やオクド

#作る

自然に手を貸す

毎年その時期になると自然と生まれてくるものを食べられるという贅沢。山菜や海草や、魚。果物。どんぐり。獣。

タラの芽は日当たりのよい崖にビヨーンと伸びてくる。そのような環境を整えてやると増える。ウドは株立ちした中の1本を残しておくと次の年も生えてくる。自然薯は若い雑木林で太る。掘った自然薯の頭を戻しておくと来年も採れる。

開いた土地に果物の木を植えておくと、あまり天候に左右されずに恵みをいただける。

海につながる雑木林を適正に管理すると、海草や、海草を食べる魚が増える。岩の表面を掃除しておくと、海苔が採りやすい。

人が手を入れると、答えてくれる自然が、ある。

畑の端境期にある自然の恵み

自然な状態で野菜を育てていると、年に2回、野菜が採れない端境期という時期がある。野菜を遠くから運んでくるなら食べられるし、ビニールハウスや工場なら年中採れるけどね。

例えば5月は春の端境期だけど、この時期食べものがないかというと実は沢山ある。

海藻は海の中の生き物で、旬が陸上と正反対。知らなかった。陸上が寒い冬が最盛期。早春までなにかしら採られる。それから魚も。フクラギやイカが近海に沢山やってくる時期でもある。海の近くに住んで良かったと思う。

春は山菜。フキノトウに始まって、コゴミ、タラの芽、竹の子、木の芽、フキ、片葉など。次々と食べものが生まれてくる。日本の里山に住んで良かったと思う。

豊かだ。

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